<渡さん、ありがとう>
今は亡き高田渡さん。「ライブカフェ足助のかじやさん」で6回のライブをやっていただき、さあ7度目のライブという直前に亡くなられました。
以下は、渡さんが亡くなられたときの”足助のかじやさん”からの追悼コメントです。
当店「足助のかじやさん」での初めてのライブの時、
渡さんに「お泊りはどうしましょう?」と訪ねたら、
「段ボール箱一つあればいいよ」と言って笑ってくれた・・・渡さん。
ライブに来てくれるたびに、かじやさんオリジナルナイフや
包丁を買っていってくれた・・・・渡さん。
万博の準備が始まった頃、
名古屋からのお迎えの車中で会場近くを通りがかった際、
「万博の終わった後をどうするのかが、問題なんだよネ」と、
愛知県の将来?を心配してくれた・・・渡さん。
猿投グリーンロードを通るとき、「猿投」の地名を見て
「このあたりの人は昔サルをなげていたんだナ」と、
ワケのわからないことを言っていた・・・渡さん。
奥さん共々、大笑いの道中でした。
渡さんの想い出は尽きません。
渡さんの、ご冥福を心よりお祈りいたします。そして、渡さんは私が何度「”あすけ”のかじやさん」ですよと言っても
最後まで「”あしけ”のかじやさん」と言い続けておられました。
<足助のかじやさん(広瀬明史)記>

渡さんと足助のかじやさん

当店でのライブ